

300年、竹原の町とともに歩む蔵
竹原の古い町並みの一角に、まだ陽も昇らぬうちから黙々と仕込みを始める蔵があります。享保18年(1733)創業の老舗蔵「竹鶴酒造」です。蒸気の立つ蔵の奥からは、微かに漏れる人の気配。蔵の中には、米のほんのり甘い香りがたちこめます。「竹鶴」と聞いて、日本のウイスキー界の父・竹鶴政孝を思い浮かべる人もいると思いますが、その出自である酒造がまさにここ。長い歴史を刻む「竹鶴酒造」は竹原の風土を生かした日本酒を、約300年近く作り続けています。




竹鶴酒造の特徴は、伝統手法に基づいた酒造り。2004年に江戸時代に確立された製法のひとつ「生酛造り」を復活させ、あえて手間と時間のかかる酒造りに舵を切りました。現代の酒造りでは効率化のため、機械化されたスピード重視の手法が主流。しかし「生酛造り」は自然の力に身を任せるため、倍以上の時間と手間がかかります。これほどまでに手間をかけるのは、竹鶴酒造が目指す「食をおいしくする」酒造りを実現するためにほかなりません。



朝の仕込みは時間との勝負。蒸しあがった米を手早くほぐし、湿度と温度を繊細に管理する麹室(こうじむろ)へ。竹鶴酒造では、麹菌をしっかり効かせることで「うま味」「きれ味」「酸味」がそろった竹鶴らしい味を求めます。技術や労力を要する「麹蓋(こうじぶた)」もあり、そこには腕のある杜氏の存在が欠かせません。酒づくりを継承するのはこの道25年、杜氏6年目の藤原泰正さん。この地域の深みある味わいを備えた魚介を引き立てる日本酒を目指し、日々蔵に立ちます。

100年もの木桶とともに、今に受け継ぐ手仕事
ようやく空が明るくなりはじめた頃、仕込みの作業が進みます。地下126mから汲み上げる水は、その水質の特性から日本酒を濃醇な味わいへと導きます。蔵で威厳を放つ木桶は、100年以上当家で保管されていたものを、2009年に復活させました。木桶表層の多彩な微生物は、豊かな味幅をつくります。一方で、繊細な管理が必要なことから、竹鶴らしい味わいを追い求める覚悟がここに表れます。



蔵2階では竹鶴酒造の真骨頂とも言える生酛造りの工程のひとつ「酛摺り(もとすり)」が行われていました。2人がかりで1桶につき3分2セット、1日3回繰り返し、蒸米と麹をペースト状にします。現代の日本酒づくりでは、酵母菌を添加するのが常ですが、ここでは江戸時代と同じく「酵母無添加」。蔵内に漂う天然の酵母菌や乳酸菌を活かし、複雑で深みのある味を引き出します。この希少性や竹鶴の日本酒づくりについてもっと広く伝えたいという思いから、近年は従業員や酒類卸売業者など未経験者にも「酛摺り」体験の場を提供しています。




竹鶴酒造の本質に、再び光を当てて
竹原市は、波風がおだやかな深い入江の地形であったため「小早川の港町」として栄え、そして江戸期には分家である浅野家が治める赤穂地方から塩田の技術が伝わり、「有数の製塩町」として発展していきました。竹鶴酒造も元は「小笹屋(おざさや)」という名の製塩業者でしたが、塩づくりが夏季の仕事だったため、冬の生業として酒造業を開始。竹原の水は酒造りに適していたため、安定した経営を実現し、代々続く酒蔵となりました。



明治時代初期には、酒造りの先進地である灘に対抗するため、近隣地域も含めた酒造業者が団結し、1888年に広島県初の酒造組合「賀茂郡南部酒造組合」を発足。竹鶴酒造もその一員として竹原の発展に貢献してきました。14代目の竹鶴敏夫社長は、竹鶴酒造が生み出す酒の個性を「生酛造り」に見出し、蔵の本質に改めて光を当てました。「竹原の風土が醸す酒造りを追求していきたい」と、竹鶴さん。
派手さはいらない。食卓に寄り添う旨酒
そんな生酛仕込みの日本酒は、一口飲むと他の酒との違いがはっきりわかります。まず感じるのは、しっかりとした酸味。近年フルーティーで甘口な日本酒が主流ですが、竹鶴酒造の酒は凛とした酸が印象的。そして後からじわりと広がるコク。派手さはなくとも、食事とともにゆっくり飲み進めたくなる味わいは、「食をおいしくする」にふさわしい、竹鶴らしさが詰まった一杯です。



Information
- 取材先:
- 竹鶴酒造
- 営業時間:
- 8:00~12:00
13:00〜17:00
- 定休日:
- 土曜、日曜
- 住所:
- 729-2312
竹原市本町3-10-29
- アクセス:
- JR竹原駅から徒歩15分